寺院活性化支援員を派遣して、お寺の現状や課題、要望をていねいにお聞きし、寺族と門徒と一緒に教化の取り組みを考える〝寺院活性化支援室 過疎・過密地域寺院教化支援”

真宗大谷派(東本願寺)では、宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要をお迎えする2022年度までの4年間、慶讃事業の重点教化施策の1つである寺院活性化の取り組みを推進してまいります。
寺院活性化支援室 過疎・過密地域寺院教化支援では、真宗の教えとの出遇いの場、寺院が共同して聞法の場を開く取り組みが推進されることを願い、地域連続法話会の開催に対しての助成を行っています。

今回は、2021年11月27日、2022年4月16日、5月28日(予定)で開催中の三重教区中勢2組 「地域連続法話会」をレポートします。

【三重県津市芸濃町】

2006年1月1日、津市等10市町村で合併し、津市となりました。

お寺の位置は地図のとおりです。山間部に入っていく前の平野部は田植えが済んだ田んぼが広がって一面緑。集落も点在しています。

実は、芸濃町は総務省による「過疎地域自立促進特別措置法」の地域に該当しておりませんが、下の人口の変遷のとおり1947年731人の人口が2015年には51人・比較して6.9%となっており、当日お伺いした淨得寺さまにおかれましては、お寺の周りにあったお家が26戸から3戸となったとのことでした。

今回の実施にあたって、開催寺院の一つである正寶寺さまや三重教務所との協議してお寺や周辺環境の聞き取り、寺院活性化支援員の現地確認を経て、このたびの地域連続法話会の開催助成をする運びになりました。

平地から山間部に入ると景色が一転していきます。川・傾斜地・山が続き、淨得寺さまに着いたときには、目の前に大きなダムが現れました。

ダムの名前は安濃ダムで、湖は錫杖湖です。当日は、台風の風のせいかものすごい強風で立っていたら吹き飛ばされていきそうでした。1981年10月にダム本体工事着工、1989年から運用をしているそうです。

今回の会場の淨得寺さまは梅ケ畑という集落にあり、境内には 樹齢約400年と伝わる根回り約120センチメートルの巨木の椿があります。この椿は五色の花が咲くことから 「五色椿」と呼ばれ、年間たくさんの観光客が訪れるそうです。花の色は、赤・ピンク・白・赤に白の斑入り・白に赤の斑入りの5色です

【当日の流れ】

地域連続法話会のテーマ:「聞法を通して御同朋の交わりを深める」

講題:「いのちの願い」

日程:10:00 開 会 真宗宗歌斉唱 

           淨得寺住職あいさつ(会所住職あいさつ)

       お勤め 正信偈・同朋奉讃

       法 話 藤本 愛吉さん(正寶寺 住職)

   11:00 休 憩 トイレ、お寺散策(五色椿を見る、初めて来たお寺を見る

   11:10 再 開 座談

   11:30 閉 会 恩徳讃

当日は約20名が集まりました。遠くは三重県亀山市街から。淨得寺のご住職からは、「久々にこんなにたくさんのお参りです。」との声も。

藤本さんの、「淨得寺さんにお参りに来たことありますか?」の問いかけに、

「お参りしたことなかったですー!」

「近くまで来たことはありました。でも、遠くでお寺があるなと眺めただけ。」

「お寺の中に入ったことなかった、お寺によって本堂の感じがちがってるなと思いました。」

という投げかけからはじまりました。

お寺の始まりは教え、教えの始まりはおしゃかさまということで、おしゃかさまの老病死の出会いから法話が始まっていきました。

おしゃかさまは35歳の時に目が覚めた(さとりをひらかれた)、

「あー人生はこういうことだったか、世の中はこういうふうにできてるんだ」

おしゃかさまは、昼間は街へ行かれて路地路地でお話をされていった。

その法は聞いた人が、「あー、生まれてきてよかった。人生にyesと言える。人生にありがとうと言える。」

そういうことを語られた。

中略

人生に会えてよかったなーっという人がいたのが親鸞聖人のはじめの一歩。=法然上人

その先生に自分のことを素直に言える。そんな先生になかなか出会えないですよね。

中略

疑い深かった最後まで自分をごまかさずに学ぶことができた親鸞聖人。出てきた疑いを自分のところで終わらさずに、先に道を歩んでいる方に、お同行に訪ねていった。昔の人は先生を持ちながら勉強をなさって、聞法を重ねられていった。

全国のどこから来ても、ハワイから来ても、韓国から来ても、オーストラリアから来ても正信偈でつながる。「阿弥陀さんの前で、いのちが響き渡っているのがうれしい。」 意味ははっきり

私の先生(竹中智秀さん)は、「分からんことを大事にする」とおっしゃいました。分からないことはダメって私たちは言うけど。納得する。納得して聞こえてくる世界を「信」という。

中略

その後、予めご自身で書いてこられた言葉を掲示板にペタペタと貼りながら、ロシア・ウクライナの戦争にもふれながらお話は続きました。

そして、貼りだした言葉の一つ中学生が書いて新聞に掲載された詩「けんか」を題材に、参拝された方々に藤本さんが「自分が悪い時にごめんねっていえますか?」と投げかけをして休憩にはいりました。私はぜったい悪くないから謝らないという意見も・・・・

【休憩後座談】

お寺に思うことをざっくばらんに語ってみようということで、出たお話です。みなさんの胸にあることを正直にだしながらお話をしました。

⇒みんなお寺を心配しています。

●男性も女性も仕事を持つということは、定住型でなく自由に動いて仕事をする時代。生活圏で動ける範囲に仕事があるかによって変わってくる。

●ここが過疎だって当然ですよ。そのなかにあってお寺というものの価値がどこにあるかっていうことを、親鸞聖人が亡くなって750年以上という歴史の中でどうしてきたのか。

●第一次産業も衰退し、木が何十年たったものでも売れない。その昔は家族が一緒に仕事をして生活を支えてきた。今は、女性でも男性でも外に出て仕事をする時代。その中でお寺さんがいろんな知識をもっていろんな人の相談相手になってきた。でも、今は「お坊さんがお寺にいない時代」。2世代前は林業・農業(畑・田んぼ)をやってきた。人口があったからお寺がやれてきたけど、今は生活する基盤が外へ向いているためにみんな外へ出て行っている。そんな中で、お寺の価値がだんだん・・・。昔の体制のまんまで来てるのではないか?

⇒つまり、現代に通用するようなお寺の運営をしていくことが急務

お寺で成立していくようなところって、観光地か。今から100年したらそんなお寺しか成立しないんじゃないか。

※憂う意味で

●お米しか食べない時代からパンやらパスタやらに変化した。田んぼする人がなくなった。田んぼは遊水地だ。自然を守ってくれている。それも維持が難しい。

●お寺は時代を感じていない(たくさんの拍手)。失礼な言い方かもしれないけど、昔はお寺の位が高かった。それが今までずーーーーーーーーーと続いているのでないか。上の位から物事を考えている。悪い意味のね。

●門徒の立場でお話をしてください。門徒でお寺は成り立っている。上から自分たちのことばっか考えている。

お寺は何年か先、800年先も何も変わっていないのではないか?たった私60何年でこんなに周りは変わっているのに。この辺も家が26軒もあったのが、もう3軒でしょ。

●ただお寺で変わったのは、お米であげるのがお金になっただけ。たった数軒でお寺を維持していくって本当に大変。いい方法あったら教えてほしい。

⇒お寺は何しとるんだって愛情いっぱい。お寺を維持していくのが精いっぱい。

過疎・過密地域寺院教化支援 助成について

 2023年に宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年の慶讃法要がお勤められます。慶讃法要をお迎えする2022年度までの4年間、教化の現場の“声”に応え、2つの教化事業への助成を行います。助成を希望されます場合は下記の申請書にご記入のうえ、各教務所にご提出ください。事前のご相談、お問い合わせは、寺院活性化支援室過疎・過密地域寺院教化支援(企画調整局)までご連絡ください。

「離郷門徒のつどい・ふるさと法要」「地域連続法話会」の開催に助成をしています。詳しくはこちらをご覧ください。https://jodo-shinshu.info/kaso-kamitsu/

小さな聞法の場を数多くつくっていきましょう