伝統されてきた〝お煤払い〟
(松金 直美 教学研究所研究員)

毎年十二月二十日に行われる〝お煤払すすはらい〟は、東西本願寺における伝統行事として執り行われ、新聞やテレビで報道されることから、京都における歳末の風物詩として知られている。真宗本廟(東本願寺)では、奉仕団参加者や近隣住民、東本願寺職員などが参加して、畳を細い竹の棒でたたき、舞い上がったほこりを大きな団扇であおぎ出す。その後、門首によって「御規式おきしき」という儀式が行われて締めくくられる。このような行事として行われている現在のお煤払いであるが、行事の次第や参加する人びとには変遷がある(『大系真宗史料』文書記録編十三 儀式・故実、法藏館、二〇一七年)。
 
お煤払いを伝える古い史料に、蓮如上人の十男・願得寺実悟(一四九二~一五八四)がまとめた『本願寺作法之次第』がある。「すゝはき」は十二月二十日にいにしえから変わらず行われている、と書かれており、このときすでに、伝統と認識されていた。
 
東西分派後の近世初期に、西本願寺の年中行事について記した『本山年中行事』の十二月二十日条には、旧例として「御堂御煤掃おすすはき」を行なう、とある。前日晩に、両堂のかざりや御影類をすべて片づけ、二十日の朝勤後、門主やその一族である一家衆が出向き、内陣・外陣の畳をすべてあげて重ねて置かれる。それから門主・新門が、御影堂・阿弥陀堂の順で、坊官衆の渡した長さ三間(約五・四六メートル)ほどもある竹のほうき厨子ずしの上の天井を二、三回掃いた。そして朝食が済んだ後に内陣の掃除をして、厨子もすべて取りはずし、「御身」(親鸞聖人御真影)のほこりを払った。現在とは反対に、門主らによる儀式が先に行われ、後から内陣の掃除をしているが、畳をたたいていたかは分からない。
 
一七九八(寛政十)年に東本願寺の年中行事を記した『御堂年中行事』によれば、「御煤払」の前日にまず道具類を片付けている。その際、仏師・院家衆・大工も参加し、分担して準備や掃除をした。そして二十日の晨朝過ぎから開始し、畳を「京法中」がたたいている。つまりこの頃、畳をたたいてほこりを払っていたことは確かだ。「両堂御煤払」には「御寺内」(本願寺の寺領内である町)の人びとも参加した。このように職人や、京都の僧侶・門徒も参加して執り行われた。なおこの時期には「御規式」と呼ばれる儀式を行っている。
 
当初は本願寺の僧侶だけで行っていたところ、しだいに京都の僧侶や門徒、そして本願寺に出入りする職人なども参加するようになった。立場の違いを超えて、本願寺教団にたずさわる一員としてのつながりが、おのおのに芽生えていったことであろう。
 
御堂を掃除することは、すなわち教えが伝統されてきた場を整えることである。ここ数年、本山のお煤払いに参加し、生まれ育った寺院の御堂を法要前に雑巾がけしている。掃除をするなかで、私を育てていただいた場の細部に目が向くことにより、日々の自身のあり方へ向き合うことに結びついている。
 
〝お煤払い〟は、お念仏の教えを相続してきた人びとによって伝統されてきた。


(『ともしび』2023年12月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)


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