法語に込めた思い

人間は生きていく限り「不安・怖れ」を逃れることはできないでしょう。しかしそのことは、いのちの根源からの促しなのだと思います。この言葉と関連して、横の掲示板には、【「何となく不安」「何となく空しい」「何となく淋しい」それは、自己の根源を忘れているシグナル】と掲示しました。

掲示板に込めた思い

 日本一の高さ(取材当時)を誇るあべのハルカスから程近く、閑静な住宅街に凛と佇む即應寺。
 毎月一度、掲示する言葉を考え、揮毫するのは前住職の藤井善隆さん。大学卒業後、「声なき声で交流できる場」として掲示伝道を始め、50年以上続けられている。2000年の本堂改修を機に、隣にもう一つ掲示板を増設し、「すぐに答えの出る言葉ではなく、考えるきっかけとなる言葉」や「きれいごとではなく根源を問う言葉」で伝道されている。   

 現住職の真隆さんは、善隆さんの掲示伝道について、「なるべく現代社会に起こっている話題を取りあげ、その根っこにどういうことが問題になっているのか、人間そのものを問いかける法語を発信してくれています」と語る。
 掲示板の言葉に触れて初めて聞法会に参加される方や、近隣の高校でその言葉が話題になることも。「掲示板の言葉に、時に助けられます」とのご近所の声も聞かれ、地域に根ざしたお寺の顔として、声なき声での交流が深まっている。

(大阪教区通信員 志紀 正機)


『同朋新聞』 2024年1月号「お寺の掲示板」より

ご紹介したお寺:大阪教区 第2組 即應寺(住職 藤井 真隆)
※役職等は『同朋新聞』掲載時のまま記載しています。