左・清水顕さん、右・淳さん
左・清水顕さん、右・淳さん

伝 道 掲 示 板
教えることばより
教えられることばのほうが暖かい

福井県鯖江市。現在は眼鏡の製造で知られるこの町は、かつて江戸時代に鯖江藩が置かれ、また真宗誠照寺派本山誠照寺の門前町としての歴史もある古い町だ。この鯖江市の中心地、JR鯖江駅から駅前通りを200メートルほど進んだところに本法寺はある。今回は、この本法寺の前住職である清水淳さんと現在の住職の清水顕さんに、お話をうかがった。

本法寺の周辺には小・中・高等学校や高専などの学校が多く、また隣接する福井市へ通勤、通学する市民が鯖江駅を多く利用することから、本法寺前は市内でも人通りの多い場所である。そのため、前々住職が健在でおられた1955(昭和30)年前後には、すでに掲示伝道に取り組まれていたという。つまり、本法寺の掲示板は50年以上の歴史があるということだ。それだけでも驚いたが、掲示板の言葉は月2回、1日と15日に必ず貼りかえているそうである。50年以上もこれを継続されてきたというのは並大抵のことではない。過去に掲示した言葉がびっしり記録されたノートを拝見しながら、理屈ではなく、とにかく頭をさげずにはいられなかった。

これだけの歴史があれば、掲示板にかかわるさまざまな出来事も生まれてくる。淳さんにお話をうかがっていると、筆者にとってもご縁の深い方のお名前が思いがけず登場した。それは、筆者の自坊の門徒総代および同朋会会長を勤めておられた、藤田弥生さんという方である。淳さんと藤田さんは、同じ病院の同じ病室で、入院生活を送られていた時期がある。聞法の人生を歩んでこられた藤田さんと淳さんは、病室で半年間をともに過ごし、いろいろな話をされたそうだ。そのようななか、淳さんは退院されたが、藤田さんは亡くなられてしまった。「私自身もいつかはそうなるのだと痛感しました。そのことを、藤田さんが身をもって示してくださったように感じたのです」と、淳さんは語られた。

淳さんのその思いがこめられた言葉が、7月後半に掲示された、「死の事実を、亡き人の無言の説法と聞こう」という言葉である。実は、筆者はこの言葉に惹きつけられて取材をお願いしたのだが、そこには一周忌のお勤めをさせていただいたばかりの、藤田さんの存在があったのだ。このご縁の不思議さにはただただ圧倒されるばかりであり、掲示板の言葉は時にこれほどの力を発揮するという事実を、身をもって体験させていただくことになった。

本法寺の掲示板には50年以上の歴史がある。この年月の間には、人知れずいったいどれだけの、ご縁の交わりがあったのだろうか…。やはり掲示板もまた、伝道の核のひとつなのである。

(福井教区通信員 藤井 尚)
『真宗 2009年(10月)』
「お寺の掲示板」福井教区第4組本法寺
※役職等は『真宗』誌掲載時のまま記載しています。

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