―「グリーフケア」、そして目の前の人の「こころ」に目を向けると言われると、「本当に聞くことができているだろうか?」という不安や、「少しでも良くなるように」という責任感を感じることがあります。しかし、「こころ」の声を聞くことは、責任を負う自信がある人だけが担うことなのでしょうか。今回、臨床心理士としてさまざまな分野の苦しみを聞き続けている西野敏夫さんに、相手の「こころ」の声に耳をかたむけること、そして、グリーフケアによって何が生まれてくるかということについてお話しいただきました。

グリーフケアという幻想

文 : 西野 敏夫(カウンセリングオフィス ひぃりんぐ工房とぽす 臨床心理士)
西野敏夫(にしの としお):
西野敏夫(にしの としお):カウンセリングオフィス「ひぃりんぐ工房 とぽす」臨床心理士
♣グリーフケアなぜ横文字?カタカナ? 遺族支援じゃいけないの?~

グリーフケア(※1)は、大切な人を突然亡くすなどの喪失による悲嘆の作業や喪の作業の支援と言われ、ケアしなければならないものとして体系的な正しい理解と技術を必要とするものになっており、ケアラー(※2)養成講座などが開催されるようにもなっています。

 

いつからかグリーフケアと呼ばれるようになり技術化・専門化され、悲嘆は治療すべきもののようになってきましたが、私はこのような流れにずっともやもやしたものを抱えています。技術化・専門化されたケアは一体誰のためのものなのでしょう?

 

 

♣個人的には、グリーフケア? 何それ? 頼んでないし・・・、放っておいてくれと思います。

そもそも身近な人が亡くなったからといって、残された遺族の誰もが深い悲しみにくれるわけではありません。そういう遺族もいますがそうじゃない遺族もいるということを知っておかないといけません。

 

私たちは「苦しんでいる人、悲しんでいる人」がいたら・・・、

しかもそれが親しい人や大切な人だったら、放っておくことが難しく、

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」にあるように東に病気の子どもあれば・・・、

西に疲れた母あれば・・・、南に死にそうな人あれば・・・・、北に喧嘩や訴訟があれば・・・、

なんとかしてあげたい、何とかしてあげなければ・・・となってしまいがちです。

 

それがいけないわけではないし、むしろ人間関係の希薄な現代ではちょっとしたおせっかいが役に立つことも少なくないと思います。

しかし、行き過ぎてしまうと立ち直る力を奪い取ってしまうことにもなりますので、気にかけながらも、ちょっとそっとしておくということがとても大切なことになります。

 

グリーフケアやグリーフワーク(※3)は悲嘆のみならず怒りや恨みや哀しみや悔しさなど、押し込められた様々な感情を少しずつ吐き出していく、語っていくことによって、自分を取り戻す、自分の物語を再構築していくというものです。

 

その時にそのまま受け止めてくれ、声の意味を黙って聞き取ってもらえる場や人を得ることで、少しずつ元気を取り戻していけるのです。思うように元気を取り戻せなくても、それはそれでいいよねと受け入れてもらえることが何より大切です。

 

グリーフケア・・・、横文字やカタカナになっていると何か特別なことのように思ってしまいますが、ソレはもともと私たちのあたりまえの日常にあたりまえにあるものです。

 

人が亡くなると、通例は通夜、葬儀、初七日、四十九日、一周忌、祥月命日、三回忌、七回忌、十三回忌・・・などの法要がありますが、このプロセスそのものが喪の作業、追悼儀式であり、つまりグリーフケア、グリーフワークになっているのです。

 

ケアというのは看護や介護や世話、つまり第三者による支援行為を意味しますが、もう1つ大切な意味があります。それは配慮や気遣いです。グリーフケアにおいて大切なのは後者だということだということを忘れてはいけません。

 

ワークというのは仕事や作業、勉強や研修や治療などのことですが、主体性を帯びた行為を意味します。この時の主体が誰なのかを間違えてしまうと一方的な押し付けになり、先に述べたように立ち直る力を奪い取ってしまうことになってしまいます。

 

グリーフワークは、子どもが成長していくプロセスと重なるところがあります。

 

小さな子どもたちは、自分が失っていく子ども性に対し、たくさん泣く(喪失を嘆き受け入れる)ことで少しずつ成長していきます。子ども性というのは、泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑い、時には駄々をこね、誰にも遠慮せず、ひたすら抱っことおっぱいとよしよしを求めていくということです。

 

そして、大人になるというのは、子どもであることを手放していかなければならないのです。その際に、安心して充分に泣くことが許されることが大切なのです。

 

愛知県一宮市にある真宗大谷派養蓮寺住職で、ご自身が自死遺族でもある同朋大学特任教授中村薫氏は、このようにおっしゃいます。「泣く」という字は、「さんずい(氵)」に「立つ」と書きます。中村氏は娘さんを亡くされたとき、作家である高史明さんにお電話され、次の言葉をいただいたそうです。「泣いて泣いて泣いて、お譲さんの分まで生きてください」と。泣いてはいけないのではなく、この身を引き受けていく。そのように受け止められたとおっしゃいます(※a)。まさにそれこそがグリーフワークなのだと思います。

 

ケアとは、泣くこと悲しむこと怒ることの邪魔をしない・そのままでいいということを保障する・そっと見守る・説得 指示 説教 説明 叱責 非難 比較 評価 議論はしない・正しさは持ち出さない・何かを引き出そう 何かを変化させようという意図を持たないことが大切なのです。

 

苦悩は立ち上がるための力になります。誰かの苦悩を安易にうっかり勝手に取り上げてはいけないのです。苦悩する人の傍らに寄り添うというのは、自らの無力さと向き合うことにもなりとても辛いものです。

 

この辛さから逃れたくなる時、私たちは説得 指示 説教 説明 叱責 非難 比較 評価 議論したくなってしまうのです。それはケアではなくマウンティング(※4)やパワーゲーム(※5)になり弱っている人の力をさらに奪っていくことになります。

 

一言で言うならば「いらんことはしない」なのです。「役に立たなければならない」という暴力性を帯びた支配的強迫観念を手放し、ただそこに在るという姿勢こそがグリーフケアの中核です。それは「信じて任せる」という姿勢ですが、まるで何もしないでひたすらじっとしている座禅にも似ています。

 

河合隼雄氏は「中心を外さずただそこに居ること」「傍らに居続けること」の重要性と難しさを説き「何かしないことに全力を注ぐ」と述べていました。

 

中井久夫氏は「中腰で耐えしのぐ」と述べ、斎藤学氏は「早く良くなるには、早く良くなろうとしないことだ」と述べています。

 

鷲田清一氏は「我を捨て計らいを捨て希望は捨てず訪れるを待つ」と述べています。

 

歌人の俵万智氏は「寒いねと話しかければ、寒いねと答える人のいるあたたかさ」という短歌を詠んでいます。

 

ケアもワークも、そういうことなのです。

 

グリーフケアは、喪失というどうにもならない痛みと向き合う極めてスピリチュアルな行為ともいえ、私たちはそういうときにこそハイヤーパワー(※6)との触れ合いが深まるのだと思います。そう、目に見えない個人の力を超えた大いなる力とつながっているという確かな実感が生きていくことの支えになるのです。

(おしまい)


■ 執筆者プロフィール

西野 敏夫(にしの としお)

1956年生まれ。医療法人香流会紘仁病院勤務ののち、2007年カウンセリングオフィス「ひぃりんぐ工房 とぽす」を開設。カウンセリング、スーパービジョン等を実施。精神科関連問題、ひこもり、自死問題、子育て、高齢者、DV・虐待、家族問題、刑事司法問題、アディクション問題、疼痛関連問題など多岐にわたる支援活動に従事し、スクールカウンセラー、各種講演・講座・セミナーでの講師、ボランティアなど幅広く活動。日本臨床心理士会、日本心理臨床学会、日本嗜癖行動学会、日本臨床動作学会ほか、に所属。しんらん交流館公開講演会で講演も行う。

► 第21回しんらん交流館公開講演会 西野敏夫さんの講演をご覧いただけます

■ 西野先生による用語解説

※1グリーフケア

グリーフケアは大切な人を亡くしたりした際の深い悲しみから回復するための支援やサポートのこと。

※2ケアラー

ケアする人のことですが、どちらかといえば積極的にお世話や支援をするわけではなく、そっと寄りそうことが重要とされている。

※3グリーフワーク

深い悲しみから回復するための作業のことですが、吐き出せない複雑な思いを言葉にして吐き出していくとともに、自分の中に押し込められていた感情にきづいていく作業。

※4マウンティング

もともとはサルの序列を示す行動特徴のことだが、私たちの対人関係において相手よりも自分が優位であることを示そうとする言動のこと。

※5パワーゲーム

もともとは国家間の権力闘争のことを指していたが、昨今は対人関係における主導権を握るためのかけひきのことを指す。

※6ハイヤーパワー

様々な自助グループで使われる12ステッププログラムのなかに出てくる。自分自身の力を超えた大いなる力のこと。自らの無力を認め受け入れることで、大いなる力の存在とつながりを実感し、生きていくことをゆだねていくことが回復に重要だと言われている。霊的な成長とともに語られることが多いが詳細な解釈は各個人にゆだねられている。ある種の信仰に近いかもしれない。

■参考書籍

※a中村薫氏の当時の心情については、『中村薫講話集 6 出会いそして別離のいのち』(2008年、法蔵館)に詳しく述べられている。

■登場人物の解説

・河合隼雄(1928~2007)

日本を代表する世界的に著名な心理学者。京都大学名誉教授、文化庁長官を歴任。「ユング心理学入門」「箱庭療法入門」「昔話と日本人の心」「明恵 夢を生きる」「こころの処方箋」「心理療法論考」他著書多数

・中井久夫(1934~現在)

精神科医。神戸大学名誉教授。兵庫こころのケアセンター所長。風景構成法考案者。統合失調症 PTSD などの研究。「精神科治療の覚書」「統合失調症の有為転変」「徴候・記憶・外傷」他著書多数

・斎藤学(1941~現)

精神科医。家族機能研究所所長。さいとうクリニック院長。日本の嗜癖問題(依存症関連問題や家族問題)の草分け。「アルコール依存症の精神病理」「家族の闇をさぐる」「依存と虐待」「封印された叫び」「児童虐待」他著書多数

・俵万智(1962~現在)

歌人。「サラダ記念日」「かぜのてのひら」「チョコレート革命」他著書多数