「亡き父との出会い」
(花山 孝介 教学研究所嘱託研究員)

 

実父が亡くなって丸五年が経ちます。振り返れば、晩年は幾つかの病気を併発し、入退院を繰り返す生活でした。熊本県の実家から三重県のお寺へ入寺した私は、日頃は父と離れて生活していたこともあり、できる限り最後の方は時間をつくりたいと思い、帰省して病院に顔を見せに行きました。いつしか、父の死に対しての覚悟は持っていたように思いますが、いざ亡き姿を見た時には、理屈では言い表せない感情が起こってきたことを今でも覚えています。
 

その様なことがあった後、ふと以前読んでいた本を読み返す機会がありました。それは、宮城顗先生の『仏弟子群像――釈尊をめぐる人びと』(真宗大谷派名古屋別院教務部、一九八九年)という本です。この本は、『名古屋御坊』に掲載された文章を一冊にまとめて出版されたものです。その中の舎利弗に関わる文章に、次の様な一節があります。

その人を失った悲しみの深さは、実はそのまま、生前その人から我が身が受けていた贈りものの大きさであったのです。かけがえのない大きなものを贈られていたからこそ、その人を失ったことが、深い悲しみとなって迫ってくるのです。(『仏弟子群像』五〇頁)

 

「愛別離苦」という厳しい現実は、単に大事な人を失ったというだけではなく、その別離を当に自身の在り方に目覚めさせる機縁とせよという大事な説法の具体的姿だと思われます。まさしく「死」を通して仏の教言に出遇えと教えられている様に思います。しかし、同時に宮城先生の別の言葉も思い出しました。
 

私は私としてすでに存在し成り立っていて、その私がまわりの人々と関係をもつ、というのではなく、まわりの人々との関係においてはじめて私が成り立っていくのである。現に出会い、関わっている人々をこそ、自分の命の具体的な内容とするものなのである。私のうえに成り立っている関係のすべてを切りすてた私自身などというものは、まったく無内容なものでしかない。(宮城顗『テキスト本願文 改訂版』上、大阪教区伝研の会、二〇一二年、一五頁)

 

何故、この文章を思い出したのでしょうか。考えてみると、父との関係はどこか父の顔色を伺う生き方でしかありませんでした。いつしか心の中で父との距離を取り、当たり障りなく関係を保っていたと思います。しかし、それは内面的反抗であり、いつしか「父は父、私は私」とお互いの関係性を拒絶する生き方をしていました。父との縁なくして今の私はいないにもかかわらず、父を受け入れられないのは、実はそのまま自分自身を受け入れられないということではなかったのかと思います。そのことに気付かされた時、関係的存在を否定し続けていたかと思うと、本当に申し訳なく、ただただ慚愧の念しかありません。
 

今でも父のことを思う時、日頃忘れている私の奥深くにある闇に気付かせてくれると共に、私にとって歩むべき道は念仏以外にないことをいつも教えられているように思います。亡き父との出会いは、そのまま偽らざる自分との出会いであると、今受け止めています。

(『ともしび』2020年7月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)
 

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