教行信証研究班報告
『解読教行信証』下巻発刊に寄せて

一 『教行信証研究班』の活動

二〇二二年二月、当研究所の編による『解読教行信証』下巻を東本願寺出版より発刊した。本書は宗祖の著した『顕浄土真実教行証文類』(以下『教行信証』)を読んでいく手助けとなるテキストとして発刊された『解読教行信証』上巻(二〇一二年)に続くものである。
 

『解読教行信証』が創案されてから、およそ三十年が経過する。一九九〇年、教学研究所に『教行信証』全体学習会が立ち上がったことに端を発し、ここから『解読教行信証』作成のための下地づくりが開始された。
 

さらに一九九七年六月には、「教行信証研究班」が設置され、本研究班をもとに、資料の収集や外部講師を招聘した研究会の開催など、準備を重ねた。その後、二〇〇一年度より原案作りが本格化した。
 

本所における『教行信証』研究は、知的関心にとどまるものでなく、現代の問題と向き合い、現代における〈真宗教学〉の確立を目指している。それは、時代の問題に向き合い、人間の在り方を探求された宗祖の学びの姿勢こそを、『教行信証』を通して学ばなければならない大切な課題だと考えるからである。なお、「教行信証研究班」の発足については、「教研だより」(本誌一九九九年十月号)や「「解読教行信証」作成の趣旨」(『教化研究』第一二七号、教学研究所編、二〇〇二年)などに詳説されている。
 

二 『解読教行信証』上巻の発刊

『教行信証』は、様々な仏教経典や高僧の聖典、外典などの引用によって、大部分が構成されている。その難解さから、浄土真宗の根本聖典と言われながらも、内容が広く知られているとは言いがたい。
 

こうした問題意識のもと、『解読教行信証』は、『教行信証』を読む手がかりのテキストになることを目指すこととなった。このことから、多くの人びとに親しく『教行信証』の一字一句を読んでいただけるよう、現代語訳を中心に作成した。
 

本文の構成は上下二段からなり、上段には『真宗聖典』掲載の『教行信証』書き下し文、下段には現代語訳を配置し、二つを対照しながら読み進めていくことができる。また、左欄外に「脚註」を付し、書き下し文中の難解な用語に簡単な説明を加え、より詳しい説明を要する用語については、巻末に「語註」を掲載した。
 

現代語訳を作成するにあたっては、坂東本も参考にした。大谷派所蔵の坂東本は、唯一無二の宗祖真筆の『教行信証』である。上段の書き下し文と坂東本を比較し、異なりがある場合はできる限り坂東本を参照した。その場合、現代語訳に「訳註」を付し、坂東本の表記を掲載した。
 

このように、『教行信証』にこれまで触れたことのない人にとっても、宗祖の思想により深く出会っていく手引きとなることを願って『解読教行信証』を発刊した。
 

三 上巻発刊を通して見出された課題

上巻には『教行信証』の最初から「証巻」までが収載されている。本文書き下しと対照しながら現代語訳を読めることもあり、発刊後、「『教行信証』を読むにあたって手に取りやすいテキストになっている」、「『教行信証』を学ぶ学習会に使用している」などの反響があった。
 

一方で、上述のように、現代語訳を中心に編集しているため、本文の解説も掲載する山辺習学・赤沼智善著『教行信証講義』(一九一三[大正二]年初版発行)に代わるものを期待していた読者からは、もの足りなさが感じられるようであった。
 

また、編者の了解や考えが強く反映された訳があるとのご指摘もあった。さらに、本文の理解の手助けとなるように、原文に含まれている様々な意味を開示するために、言葉を補って訳している部分がある。その結果、訳者の了解が強く表れ、文意を逸脱した訳ではないかとの指摘がなされたのである。
 

現代語訳は、どこまでも原典に忠実でありつつも、理解しやすいように言葉の意味を明らかにしていく必要がある。上巻の発刊を通して、あらためて現代語訳の難しさを教えられた。
 

四 下巻の作成について

上巻が発刊されてから、まもなくして下巻の編集作業がはじまった。下巻は、上巻と同じ型式で「真仏土巻」と「化身土巻」についての書き下し文と現代語訳を中心に、脚註、語註、訳註などを掲載している。
 

ただし下巻は、上巻の発刊より十年近く経過していることから、より使い易い学習テキストになるように作成・検討を行った。脚註・語註には、上巻・下巻があわせて読まれることを想定して、上巻と同じ語句には原則同じ解説を付すようにしたが、上巻と異なる文脈であったり、研究成果として新たな解釈が提示されているものについては、内容を変更したり、解説の拡充をおこなったりしている。
 

また、下巻の現代語訳は、なるべく『教行信証』の原意や文勢が損なわれないように、より注意をはらった。原文にない言葉を補う必要がある場合は、編者が追加したことがわかるように、その言葉を亀甲括弧で括ることにした。
 

なお、本文書き下し上段の欄外に『真宗聖典』や、『顯淨土眞實敎行證文類 翻刻篇』(大谷大学編、真宗大谷派宗務所発刊)の該当頁数を付し、より原典を参照しながらの学びに便宜をはかった(下図参照)。
 

『教行信証』の「真仏土巻」以降、特に「化身土巻」(末)は、他巻にくらべて研究の蓄積が少なく、全体を通して読まれることが多いとは言いがたい。本書が、現代の人々にとって、『教行信証』の思想にふれる道筋となることを切に願っている。
 

(教学研究所所員・武田未来雄)

(「教研だより189」『真宗』2022年4月号より)