法語に込めた思い

この言葉は多田孝圓先生(大阪教区 圓乘寺)
からお聞きした言葉です。


病気や事故、さまざまな原因によって人は亡くなります。しかし、それらは死の「縁」であり、死の「因」は「生まれたから」なのです。誰しも期せずして生まれ、この先誰もがいずれ生涯を閉じていかなければなりません。

偶然いただいた、有ること難いこの命。しかも私たちは聞き難き仏法も今すでに聞いています。仏法聴聞し、真剣に、丁寧に、大切に、この生死を尽くしていきたい。その思いからこの言葉を選びました。

掲示板に込めた思い

「掲示して終わりではなく、掲示してからがスタートだと思っています」と、眞宗寺衆徒の中谷潤心さんは語る。

「私は、門徒さんをはじめとしたさまざまな方に法語を見てもらうだけでなく、そこからいろんな意見や感想をいただくことも大切だと思っています。見てもらった方からリアクションをいただけるように300字程度の解説文の掲示も行い、できるだけ法語の意味が伝わるように心がけています」。


実際に、掲示板を見た門徒さんから、「解説のおかげで言葉の理解が深まった」「この言葉に出あえてよかった」などの声が寄せられたという。

さらに中谷さんはこう語る。
「掲示板だけでなく、他にもお寺独自の回覧板、SNS等のさまざまな方法を用いて多
様な人たちに届くよう取り組んでいます。またそのことによって生まれる縁も大切にし
ていきたいと思っています」。

さまざまな工夫を凝らしながら発信を続ける中谷さん。その真っ直ぐな姿勢に、背筋が
伸びる取材となった。

眞宗寺Instagram

(九州教区通信員 櫟 慈恩)

『同朋新聞』 2023年8月号「お寺の掲示板」より

ご紹介したお寺:九州教区鹿児島組 眞宗寺(住職 中谷明潤)
※役職等は『真宗』誌掲載時のまま記載しています。