真宗法宝物からの響き
(教学研究所研究員・御手洗隆明)

この春、京都国立博物館で開催された「親鸞──生涯と名宝」展は、国宝・重要文化財約八十件を含む総数百八十一件の法宝物が並ぶ、過去最大の展示会でした。観覧者は会場入り口で聖人絵像のパネルに迎えられ、最後の部屋で聖人の姿を描いた「御影」と、聖人がもっとも重んじられた、本願念仏を文字化された「名号」と出あうのです。
 
本展では、各地の真宗寺院に伝わる伝絵・絵伝を見比べることができました。『親鸞伝絵』の決定版とされる康永本(東本願寺蔵)は静寂で洗練された絵相で知られ、「六角夢想」には聖人が参籠する姿しか描かれていません。ところが、もっとも古いとされる高田本や弘願本(東本願寺蔵)など関東に向けた絵伝、また佛光寺本など関東伝来の絵伝には、多くの参籠者が多彩な表情を見せる、にぎやかな場面として描かれます。「聖人入滅」の場面も、康永本は僧侶が多く描かれますが、関東伝来の絵伝には女性や子ども、様々な身分や職業の人々が浮かべる悲喜の表情が描かれています。聖人が「いなかの人々」と親しまれたのは、おそらくこのような人たちだったのでしょう。
 
また、聖人の自筆書状類十二通や坂東本『教行信証』など、聖人が実際に書かれたものが多く展示されたことも本展の魅力でした。書状類は誰かに宛てたものであり、この文字を書いた親鸞という人と、それを受け取った人々が実在した何よりの証拠なのです。
 
特に高田専修寺所蔵の自筆消息は、宛てた門弟名や執筆年時がほぼ判明しているものが多く、その何通かは左下がりの文体で書かれています。書状用紙を手にしたまま書くと行が進むにつれて文体が下がり、行間もつまってきます。聖人八十四歳の筆とされる覚信宛消息(『真宗聖典』五七九頁)は、門弟覚信の身を案じながら、信の一念と行の一念の不離を端的に、一気に、しかも漢字と仮名のバランスを取りながら読みやすく書かれています。この消息は、いわゆる「善鸞義絶状」を送付する前日に書かれたものでしたが、どのような情況であっても読み手のことを忘れていなかった聖人の姿勢がうかがえます。
 
活字化されたものではなく、実際に聖人が書かれたもの、また『親鸞伝絵』などを拝見していると、聖人と門弟たちの姿が身近に感じられます。特に関東伝来の絵伝に描かれた人々の表情は豊かでした。それが会場で展示された法宝物を見つめる観覧者に響いたのかもしれません。皆さん、表情がなごやかに見えました。
 
聖教にもなっている文字史料、絵像、木像など法宝物には、それぞれがもつ由緒や、国宝・重要文化財といった美術品としての価値だけではなく、そこには浄土真宗の教えが込められています。教えの源には、展示会場最後の部屋に名号として掲げられた「南無阿弥陀仏」があり、それを大事にされた聖人の姿があります。
 
本展の観覧者には外国からの旅行者も多く、最後の部屋で静かに合掌する人もいました。信仰は異なっていても、名号からの響きを感じていたのかもしれません。企画委員として参加させていただいた本展で、法宝物と向きあう多くの観覧者の表情を間近にできたことは、もっとも得難いことでした。

 

(『真宗』2023年9月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)
 

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