ラジオ放送「東本願寺の時間」

白山 敏秀(北海道 生振寺)
第1話 「いのちの夜あけ」 [2010.1.]音声を聞く

おはようございます。白山と申します。今日から六回の御縁を頂き、御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」にそってお話させて頂きます。
私達は肝腎なことの分らぬまま、まるで分っているかの様な振りをしてずい分遠くへ来たものだなと思います。そのことがいつか出口の無いあせりと、重い苦しみになって、人生を取り返しのつかぬ、諦めと後悔のなげきへといざなおうとしてはいないでしょうか。私達は一体何者との出遇いを願われてここまで来たのでしょうか。私とは何者なのでしょうか。私達はそういう生命、生きるいのちの謎を抱えている者ですが、親鸞聖人はそのいのちとの出遇いを生きて下さった、私達、念仏者の先達ということが出来ると思います。テーマの中の今とは、いのちとの出遇いの今でございます。このテーマは"人はいのちとの出遇いを願われている者なのだ"ということなのでしょう。私達はずい分長い間いのちとの出遇いをはたせずに流転して来た者と言えましょう。その永遠の迷いを越えて人類として初めて、真のいのちとの出遇いをはたしていかれた方がお釈迦様です。
想像して下さい。今から二千数百年前のインドのシッダルタ太子という人間がご自身の恵まれた環境の中で、偶然こう思われました。今さらながら長いこと解決のつかぬ、根の深いモヤモヤの中にいたことに気付かれ、求めているものは本当に私を幸せにするのだろうか、かえって苦しみにいざなうものでなかったのか、求めるものがあやしい、と。出家した彼はさらに進んで求めるもの以上に、実は何より求める我が、心があやしいと気が付いていかれます。永遠の迷いのときに疲れはてた心身を川の流れにぬぐいながら、求めるものもその心も捨て去り、苦行によって衰弱しきったその身体をうるおしたのは、スジャータ嬢による乳粥のほどこしでした。自分の思いより深く、我が身をうるおしてくれるものがある。そのことに気付いた彼は、川のほとりに立つ菩提樹の下で全てを捨て、求める心を閉じて座られたのです。全てを捨て去ることの出来る人は幸いです。永い間、自分をふり回し続けた自我の執着を捨て去ることの出来るほどのものに出遇えたあかしなのでしょう。
彼は永遠のいにしえから、すでに自分が求める以前に我を求めて止まぬ呼び声に、聞こえるままに身をゆだねて行かれました。道を求める人々の心を感じながら、シッダルタ太子の身体中に響きわたった声、それは、念仏の教えを人生のよりどころとして生きる、真宗門徒の言葉で言えば南無阿弥陀仏という、いのちの呼び声であったろうと今思います。迷いの全人類と生きるいのちとの初めての出遇いでありました。
念仏総長とも呼ばれた暁烏敏先生のお書きになったものの中に、お釈迦様が悟られたとき、そのことをこう表現されたろう、とございました。その言葉は「おお悪魔よ」これは私自身が、私といのちとの出遇いを障げていた張本人でありました、ということでしょう。詩人八木重吉氏の残された「草にすわる」という詩がありますが、お釈迦様が菩提樹下の草の上で悟られた様子をほうふつとさせます。
『草にすわる』
  わたしのまちがいだった
  わたしの まちがいだった
  こうして 草にすわれば それがわかる。
ここには、間違って生きて来た人間の闇を破って、私を呼び、私とともに歩まんとする者との出遇いが表わされていると思えてならないのです。シッダルタ太子が出遇われ、彼を目覚めさせたいのちが脈々と私達の住む平成22年の、この時にまで伝わって来た、それが仏道として本当の人類の歩みになっているのです。お釈迦様の上に起こったいのちの夜明けは唯お釈迦様一人の上に起こった個人的な出来事ではなくて、人間の永遠の闇が晴れた瞬間でした。それは求道者の代表者、お釈迦様の上に起った、道に迷った者達と真のいのちとの出遇いであり、迷いの人々がいなくなるまで終らない、救いの用きを持った、いのちとの出遇いの感動がそこにあるのです。

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