おはようございます。
2011年にお迎えする宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌のテーマが、「今、いのちがあなたを生きている」と発表されました。この言葉に基づき、私が親鸞聖人の「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」というみ教えをどう頂いているのか、6回に渡り、お話しさせて頂きます。
まず、今日は、「あなた」とよばれている「わたし」とは何か、ということについてお話しいたします。
小さい時から、朝起きて顔を洗ったら、まず一番に仏様におまいりする、ということを生活習慣として育っていながら、薄暗い本堂へ一人で行くのは怖く、また、体の大きい父が毎朝のように聞く「もう本堂へ参ってきたか」「仏さんにおまいりもせんと、ご飯食べるやつがあるか」という大きな声は、恐怖の対象でしか、ありませんでした。
少し大きくなったときには、本堂には足を運ぶものの、「なんまんだぶつ」なんて、言ってやるものか、と、仏様を、にらみつけておりました。
中学に入ると、寺に対する反発はますます強くなり、ささやかな事件をきっかけに「わけのわからんお経を読んで、お布施のことをあれこれ言う寺なんか、そのうち、つぶれるわ」と思うようになってしまいました。
そのことを同級生に話したところ、「君のところは、何宗や」と尋ね、「親鸞さんなら鎌倉時代の人や。鎌倉時代の教えが、今も続いておるというのは、きっと、何かあるのさ」と言ってくれたのです。「何かあるのさ」という言葉と共に、小さい頃、村の子供たちが「くそ坊主」と言っているのを聞いて「お坊さんはみな、くそ坊主なの」と尋ねた時、「真宗には、教えがある」と、即座に返ってきた母の言葉が、思い出されてきたのです。
高校に進学と同時に、真宗大谷派の桑名別院から仏教青年会の案内がきても、抵抗はなく、「教えとは何なのか。700年、寺を続かせた教えとは、一体何なのか。その何かが知りたい」と出かけて行きました。そうして、自分で意識して、仏法にふれた最初に「そういうお前はどうや」という言葉を、私は、頂いたのです。
この言葉は、今まで一度も問題にしたことのない自分が、とても大きな問題となって、私の前に、立ちはだかることとなりました。初めて、自分というものが、問題になったのです。昭和37年、高校1年生の、夏の日の出来事でした。
何事をするにも、何を考える時にも、「そういうお前はどうや」と迫ってくるのです。見えてきたのは、自慢できるものを、何一つ持たない、あわれな自分の姿でした。「そういうお前はどうや」なんて言葉を、聞かねばよかった、聞かねばよかったとの、後悔にさいなまれながら、手も足も出ない、深い淵にしずんでいったのです。
家庭にあっては父と口がきけなくなり、泣いては、部屋にとじこもる毎日。進路は、親の決めた短大と決まっており、勉強に意欲もわかず、進学校の中には、当然、私の居場所はなく、別院からの案内に、「自己を知れ、自己を知れ。ああ、もう耳にたこができたわ」とうそぶきながらも、そこを唯一の居場所にして、別院にでかけておりました。
暗い顔をして、下を向いて歩いていた、私の青春時代です。
私の問題にしていた自分というものは、すべて、私の外を包むもの、はかることのできるものばかりでした。どんなに激しい劣等感であっても、それは同じ量の、優越感が、自分の中にある、というだけのことで、どちらも本当の私ではなかったのです。それは、仮のわたしであって、本当のわたしでない、と分かるまで、「私は、何故、私に生まれたのか」、「どうして、私は、私に生まれなければならなかったのか」大きな問題を抱いて、人生を歩みはじめたのです。