ラジオ放送「東本願寺の時間」

東舘 紹見(仙台教区 善林寺)
第3話 今、いのちがあなたを生きている ― 親鸞聖人のご生涯を通して― [2006.6.]音声を聞く

おはようございます。今回も、親鸞聖人のご生涯を通して、「今、いのちがあなたを生きている」というテーマを考えてまいりたいと思います。
親鸞聖人は、あらゆる人びとと「ともに歩む」という理想を掲げた比叡山での修行が、現実にはかえって自分と他の者を隔て、他を見下してさえゆこうとする、自己中心的な生き方につながりかねないものだと、感じたのです。
こうした感覚というものは、私たちが、特定の価値観や方向性を持つ集団の中だけに安住しようとする限り、出てこないものかもしれません。限られた場に身を置きながらも、その場を通じて、あくまでも、あらゆる人びとと共に歩もうという精神が、自分の上にどう実現するのか、と、確かめようとした時、親鸞聖人は、仏教界というグループに属する一員ではなく、一人の人間として、これまで歩んできた仏道という道を、このまま進むべきかどうか、という問いに、初めて向き合うことになったのです。
親鸞聖人が、いつ、どこで、そうした問いかけに初めて出会ったのかは明らかではありません。しかし、当時、親鸞聖人が置かれていた立場から考えて、比叡山の僧侶として一般の人びとと間近に接したり、時には人びとから問いかけを受けることもあったであろうことは、十分に推察できます。
私たちは、現実の社会を生きる中で、社会のあり方、そしてその中での自分の生き方について、思い、悩むことがあるわけですが、それを聞き開いてゆく道は、自分自身の思いの中にあるのではなく、私が関わりをもって生きている、あらゆる人や物事からの問いかけに、私のあり方に対する眼が開かれてゆくところにこそある。「自分」というものにとらわれ、閉ざされている私が、他とかかわり、問われている身であることを実感する中で、再び開かれてゆくということがあるのではないでしょうか。
そうした問いかけに出遇ってゆく中で、親鸞聖人は、自分が今住んでいる日本という国で、初めて、一乗、すなわちどのような人であっても平等に仏道を歩み仏となれる、という教えに聞いてゆこうとされた聖徳太子のお心を確かめようとされました。聖徳太子は、僧侶としてではなく、一人の政治家として、現実の社会の真っただ中を生きる中で、一乗の教えを確かめようとした方でした。
29歳の時、親鸞聖人は、聖徳太子の建立といわれ、本尊の観音菩薩が聖徳太子の本地であると考えられていた、京都の六角堂に百日の間こもられ、この国に仏道が広められてきた、その意味を尋ねようとされました。
95日目の明け方、親鸞聖人は、夢の中で、聖徳太子の本地である観音菩薩から、「あなたが、人と結婚し仏道を歩もうとされるなら、私がその人となりましょう。そして、あなたが本当に悔いることのない生涯を尽くすよう、あなたとともに歩みます。」と告げられたのです。
親鸞聖人が、生涯をともに歩まれた恵信尼公と結婚されたのは、おそらくこの時期ではないかと思われます。それは、「特別な存在」として仏道を歩む者となるのではなく、「一人の人間」として、「ともに」仏道を歩む者になりたいという、親鸞聖人の願いの現われでした。その時、親鸞聖人は、毎日の現実の生活こそが仏法を聴いてゆく場であり、そこで実感されるいのちのつながりこそが、自他の闇を破り本当に暖かくしてくださるはたらきなのである、と確かに感じられたのではないでしょうか。
この六角堂での出来事の後、親鸞聖人は、その地からほど近い、東山の吉水という地で、人びととともに阿弥陀如来の教えを聞き開いておられた、法然上人の草庵を訪ねてゆかれます。そして、その地で、法然上人やさまざまな人びとと出遇ってゆく中で、阿弥陀如来、すなわち、はかることのできないいのちのはたらきが、光となって人間の上にはたらく、その具体的な姿に出遇ってゆかれるのです。

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