ラジオ放送「東本願寺の時間」

秦秀道(福岡県 法照寺)
第6話 いのちのさけび その2 [2009.4.]音声を聞く

おはようございます。今朝は前回に引き続き『いのちのさけび』と題してお話をさせていただきます。
昨年の10月、テレビで、ひとりのお坊さんのことが放映されました。竹中彰元という真宗大谷派の僧侶で、かつて日本と中国間で戦争一色の状況下にあって「戦争は最大の罪悪である」と明言し、軍政府から処罰を受けることとなったのです。更に追い打ちを掛けるように本山は布教使資格剥奪等の処分を行ったのです。
宗教は人間に無理のない生き方を教えているにも拘らず、戦争協力をしてしまったのです。一昨年の10月、その処分は間違っていたということで、本山の最高責任者が当時の処分を取り消し謝罪したことでした。70年経ての復権となったのです。
それにしても人間はその時代その時代で大きな過ちを犯し続けてきました。ミネルヴァ書房という出版社から『大量虐殺の社会史――戦慄の20世紀』(2007年)という本が出されました。冒頭、殺害された人のすさまじい数に戦慄を覚えたことです。
第一次世界大戦中のトルコによるアルメニア人の虐殺60万人以上。第二次世界大戦中のナチス・ドイツによる、ユダヤ人などの虐殺600万人。1970年代のカンボジアにおけるポルポト政権による虐殺170万人。イラクにおけるクルド人虐殺10万人。インドネシア軍による東ティモールの20万人。1994年のルワンダにおけるフツによるツチ虐殺80万人などなど世界各地で30数例に及んでいます。この日本でも虐殺の歴史を抱えています。先程の竹中彰元師は中国ヘ日本の仕掛けた戦争を「侵略」として“戦争は最大の罪悪だ”と公言したのでした。
私は1945年の解放まで続いたポーランドの強制収容所の実態はどの様なものだったかについて、奇跡的に生還した人に直接お会いしてお話を聞くことができました。巡り合いを可能にして下さった方は日本人ガイドで通訳も兼ねる中谷たけしさんでした。中谷さんの同時通訳で当時の収容されていた情景が鮮明に伝わってきたことでした。
元収容されていた方は30年以上にわたってポーランド国立アウシュヴィツ・ミュージアムの館長を勤められた、スモーレンさんという方でした。年令が87歳を越えておられるお身体で、世界各地からの訪問者の若者には“君たちに戦争責任はない。でもそれを繰り返さない責任はある”と、いい続けています。
もう一度スモーレンさんに会いたいとの思いで、昨年ミュージアムを訪問しましたが、体調が悪くお会いできませんでした。アウシュヴィツ強制収容所跡の大地に立ちますと地の底から人類に向かって呻きにも似た大勢の人の声が聞こえてくる様です。“いかなる理由があっても決していのちを殺めないでください。国であってもそれをしないでください。お願いですから”と。歎異抄という古典でもある宗教書に「さるべき業縁のもよおせばいかなるふるまいもすべし」という言葉があります。私たちはそんな残酷なことはとてもできません、しませんと日ごろはいいます。ところが気がついたらとんでもないことをやってしまったと後悔するのです。
昨今無残にも軽々しくいのちが殺められる事件が続発する中で“相手は誰でもよかった”という言葉を耳にします。精神科医の斉藤環(たまき)さんは毎日新聞の『時代の風』のなかで、“若い世代の不安は「生きることに意味、価値があるかどうか」という問いかけだと。「誰でもよかった」というのは別の意味で彼らが自分自身に向けた言葉でなかったか。「これをするのは自分ではない誰でもよかった」というつぶやきに聞こえる。”と言っています。他者を手段として扱う究極の行為が犯罪だとも言ってあります。だれがいつ、どこで、どんなことでもしてしまう。そんな内なるすがたを秘めて今私はここに生きている。そんな自分が見い出せたら最高の喜びと成るのでしょう。

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