ラジオ放送「東本願寺の時間」

譲 西賢(岐阜県 慶圓寺)
第3回 ピグマリオン効果とゴーレム効果 [2009.5.]音声を聞く

おはようございます。
私は大学院の学生の時、ある児童相談所で、心理判定のお手伝いを週一日ペースで、5年ほどさせてもらいました。万引きやシンナー吸引を繰り返す少年・少女との個別面接が、主であった記憶があります。
その面接の中で、彼らの多くが重い口を開いて、「誰も私を認めてくれなかった。いつも見捨てられていた」と訴えていたことを今も鮮明に覚えています。
誰でも周囲から期待されれば、意欲が向上し成績や業績がアップします。ギリシア神話のピグマリオン王の逸話にちなんで、周囲からの期待効果をピグマリオン効果といいます。
私は、今大学で教育相談等の講義等を担当していますが、すべての学生へのピグマリオン効果の実践は、とても難しいと感じています。無条件にすべての学生に期待できない私の心があるからです。「私の期待に応えてくれそう」という学生にしか、期待できないのです。一部の学生にしか期待できなければ、それはえこひいきと同じです。
それだけではありません。期待に応えてくれそうもない学生には、「おまえはダメだ」という見捨てや見放しの感情が湧いてきます。見放されたと感じる学生は、私の講義への意欲を無くし、私に対して、否定的感情を持つに違いありません。この見放された感情による意欲の喪失を、ゴーレム効果といいます。ピグマリオン効果と正反対の効果です。ゴーレムは、ユダヤの伝説に由来し、意思のない泥人形を意味します。呪文によって動きますが、額の一文字を取り去ると元の泥に戻ってしまう伝説にあやかって、ゴーレム効果といわれます。
私たちが、教育実践において、すべての児童・生徒に無条件に期待できれば、問題ないのですが、それは不可能ではないでしょうか。自分の期待に応えてくれそうな子に期待し、そうでない子を見放すのが、人間の本能なのかも知れません。一人の子に期待すれば、それ以上の多くの子を、見放しているのかも知れません。
大学院生の時、児童相談所のお手伝いをしながら、「どうして、学校の先生はこの子を見放すのだろう」と、怒りにも似た思いを感じた記憶があります。でも、その後の教育実践と3人の子どもの親業を通して、「いつでも、そして、すべての子に期待をするのは、絶対不可能だ」と実感しています。ピグマリオン効果とゴーレム効果の影響を必ず受けるしかないのが、私であると気づかせていただきました。
この気づきは、けっして開き直りや弁解ではありません。人間が、教育や子育てに携わるときに、絶対に忘れてはならない自覚です。「すべての子に期待して、一人として見放すことはありません」とは言えない、教育者や親としての深い悲しみと後悔です。「自分の期待に応えてくれそうな子に期待し、そうでない子は見放しかねないのが私だ」という痛みです。「その私が、教育や子育てに携わっているから危ないぞ」という戒めです。
でも、ゴーレム効果によって傷つき、意欲を無くし、学校に適応できない行動を示す児童・生徒がいます。かれらは、見放された寂しさ、怒り、反感、嫉妬、恨みなどを誰にもぶつけることができず、心にしまい込みます。かれらのすべての問題行動は、教育者や親へのゴーレム効果の指摘であり、叫びなのかも知れません。かれらのこうした指摘と叫びによって、教育者や親が、「すべての子どもへの、無条件の期待の眼(まなこ)をもった教育・子育て」に近づいていけるのではないでしょうか。

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