ラジオ放送「東本願寺の時間」

佐藤 義成 (滋賀県 満德寺)
第5回 「願われている私」 [2011.1.]音声を聞く

 おはようございます。5回目の話をさせていただきます。滋賀県長浜市の佐藤です。
 真宗本廟・東本願寺の境内に、同期会館があります。門徒さんが宗祖親鴬聖人の御真影(聖人の御木像)の前に身を置き、その教えにあうことを通じて、ともに語り合い、人間として生きる意味を尋ねる場であり、そこでの生活を真宗本廟奉仕と呼んでいます。
 その同朋会館でのある日、全国からの参加者全員が集まって夕方の勤行をした後に、それぞれの団体を代表して数人の方が、来られた感想を述べられました。その中で東京から来られた女性が、次のように話されました。
 「私は結婚して20年ほどになります。結婚する前の宗旨は、真宗ではありませんでした。結婚して当初、夫がよく「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」とお念仏を申してましたが、それに抵抗がありましたし、お仏壇、それを真宗ではおうちにある仏さまということでお内仏と申すのですが、お内仏によくお参りしていたことも、私にはなじめませんでした。でも、20年たって、今回、との二泊三日の真宗本廟奉仕に参加できて本当に嬉しい。」とお話しをされたのが印象的でした。
 その後は夕食ですので、食堂にいって当番の方と準備をし、全員の方が揃うのを待っていましたら、偶然にも私の隣に先ほどの女性がお座りになりました。その方のお話の内容で、聞きたいことがあったものですから、ぶしつけでしたが、思いきって話しかけてみました。「結婚する前の宗旨と真宗の違いはどんなことですか?」と聞いてみましたら、「そうですね、「願うこと」と「願われること」でしょうか。」という返事でした。
 短い返事でしたが、他宗と真宗の違いを的確に表現され、20年間、熱心に真宗の教えを聞かれたご夫婦の姿をうかがえました。
 もう一つ、「お連れ合いは、どこのご出身ですか?」と聞きましたら、返事は「福井県です」と答えられました。
 福井県と言えば、第八代蓮如上人のおられた吉崎御坊があり、富山県・石川県とともに真宗王国と呼ばれる地域です。それで、お連れ合いの方は、よくお念仏やお内仏へのお参りをされていたのでしょう。
 「願われること」について、私事になりますが、私ども夫婦には、子どもが二人おりまして、4年前から京都でそれぞれ学生生活を送っております。気候の変化や、さまざまな事件があったりしますと、そのたびに夫婦で子どものことを案じてしまいます。
 ところが、私の子ども時代には、親から案じられていた事を感じることはほとんどありませんでした。
 私の母親は2年前に数え年94歳で参らせて頂きました。お浄土に参らせて頂いたと言う意味で、私たちの地方ではそう言います。母は生前、家の中で転んで骨折し入院した時にも、私に「ちゃんと、ご飯をよばれや」と言ってました。いくつになっても、親は子を案じるものなのですね。
 「子を持って知る、親の恩」という言葉があります。また、「親の心、子知らず」という言葉もあります。本当にその通りだと思えるようにさせてもらいました。
 「阿弥陀如来の親さま」という言い方があります。大切な表現だと思います。「阿弥陀如来」が「親さま」ならば、阿弥陀如来にとっては年齢や取り巻く条件は違っても、真宗に生きるものは「阿弥陀如来の子ども」 なのでしょう。
 真宗を開いてくださった宗祖親鸞聖人のお造りになった『正信偈』の一節に、日本の浄土教の基礎を築かれた源信さまの『往生要集』から導かれて「煩悩障眼雖不見」煩悩、まなこをさえてみたてまつらずといえども、意味は、私たちは煩悩によってまなこ・眼がさえぎられて、見ることが出来ないけれども、「大悲無倦常照我」大悲倦きことなく、常に我を照らしたもう、この意味は、阿弥陀如来の親さまの大慈悲は、我々を救いたいと、常に照していてくださっているのです。ということでしょう。
 親鸞聖人は、すべてを無条件に救いたいと願う阿弥陀如来のまことの大慈悲に照らされて、我が身が愚かでまこと無き身であることを気付かれて、ご自身の名前の初めに「愚禿」と付けられました。
 常に照らされ、願われている我々ですが、そのことになかなか気付けないのでしょう。

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