ラジオ放送「東本願寺の時間」

海 法龍 (東京都 長願寺)
第2回 照らされて知る我が身 その2 [2011.5.]音声を聞く

 おはようございます。
 宗祖親鸞聖人750回御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」の元、日常生活の中でお念仏の教えに気付かせていただいたことをお話しいたします。
 私は親鸞聖人の「南無阿弥陀仏」の教えにふれさせていただく度に、自分の「本音」というものを見透かされるような感じがいつもいたします。「苦しみたくない、悲しみたくない、嫌な思いも、損も、痛い思いもしたくない」という心です。私は高校当時、自分自身が病気になったことから、そのことを強く感じ、教えをいただいていく大きなきっかけにもなりました。その時のことを今日はお話したいと思います。
 私は若いころ体が弱く病気がちの子どもでした。でも高校に入学してからは、すっかり元気になり、高校生活を楽しく送っていました。
 ところがある日、体育の授業中に、左足の踵に「ズキッ」と鈍い痛みがはしったのです。「どうしたんだろう」と私は立ち止まって、踵をさすって痛みを引くのを待ちましたが、なかなかおさまりません。我慢できないほどの痛みではなかったので、そのうち治るだろうと思っていました。しかし、翌日も同じ状態なので、近所の病院で診てもらったのです。左足のレントゲン写真を撮り、診察室に入ると、先生が腕組みして、「ウーン」と低く唸りながら、その写真を見つめていました。骨が白く映っていました。そして踵の部分を見ると、そこだけが黒くなっているのです。
 私は息をのんで、先生の顔を見つめ、先生が私のほうを振り向き、「悪いものではないと思うけど、一応、町の大きな病院に診てもらいなさい」と言って、紹介状を書いてくださり、私はレントゲン写真と紹介状をもってその病院に行きました。そして、そこで診察してくださった先生が、「悪性ではないと思うけど、大学病院で診てもらった方がいい。」とおっしゃり、2週間後、再びレントゲン写真と紹介状を持って大学病院に行くことになりました。
 二人の先生の「悪性ではないと思うけど」という言葉が耳から離れず、「悪性なら、どうなるんだ」ということを、口にするのは、なんだかとても恐ろしくて、一人、誰にも言えず、大学病院に行くまでの2週間を悶々として過ごしました。そして高校の図書館で医学書を調べ、良性と悪性の違いに背筋が凍りつきました。「もしかすると片足になるかもしれない、もしかすると悪性腫瘍が、他の骨へ転移して死んでしまうかもしれない。俺は足を失ったら、どう生きていけばいいのか。まだまだ17歳なのに死にたくない」と、叫びのような思いが溢れ、涙が出て止まりませんでした。
 そして大学病院に行きました。待合室で待っていると名前を呼ばれ、ドアを開けると診察室はカーテンで遮られていて、私はその前の椅子に座って次の順番を待っていました。するとカ-テンごしに、「すぐ手術しましょう。膝の腫瘍は、あんまりよい状態ではありません」と、前の人の診察の様子が聞こえてくるのです。
 その人が診察室から出てきました。母と同じくらいの年齢でしょうか、顔面蒼白となっていました。再び私は名前を呼ばれてカーテンの向こうの診察室に入りました。担当医の先生と一緒に、無言で私の左足のレントゲン写真を見ていました。そしたら、その先生が私の方を向いて、ニッコリ。「大丈夫。良性です。心配しなくていいです。悪いところを削り取って腰の骨を移植すればいいから。2ヶ月くらいで元の生活ができるからね」と。
 その言葉に、私は嬉しくて嬉しくて「足を失うこともない、死ぬこともない」。そして、とっさに、さっき診察していた女性のことが思い出されて「あの人じゃなくて、よかった」「あの人みたいにならなくて、よかった」と、手を叩いて喜びました。
 そしてその後、「ハッ」とさせられたのです。そこには、人と比べて、自分の方が良かったことを、心の底から屈託なく喜んでいる私がいたのです。そのとき「人の苦しみなんてどうでもいい。自分が苦しまなければいいんだ」という自分の心の底にある本音を、はじめて意識したときでもありました。その後、私は、親鸞聖人の「南無阿弥陀仏」のお話を聞かせていただくたびに、自分の本音の深さを思い知らされるのです。「南無阿弥陀仏」は、「苦しみたくない」という本音が私なのだということを、私自身に知らしめてくる教えでもあるということを、あの高校生の時の病気の経験から、いつも思い起こされてくるのです。

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