ラジオ放送「東本願寺の時間」

海 法龍 (東京都 長願寺)
第4回 照らされて知る我が身 その4 [2011.5.]音声を聞く

 おはようございます。
 宗祖親鸞聖人750回御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」の元、日常生活の中でお念仏の教えに気付かせていただいたことをお話しいたします。
 一昨年の春彼岸の前に、幼いころからの友人が亡くなりました。食道癌で食事できない苦しみの中で亡くなっていきました。私は高校卒業後、故郷を離れてしまい、親しかった彼と、だんだん月日が経つにつれて、疎遠となっていました。
 しかし、入院していることや壮絶な闘病生活を送っていることは、別の同級生から聞いていたので、帰省したときにお見舞いに行こうと思えば行けたのですが、忙しさにかまけて、気にはなりながらも、入院先の病院の近くを通りながらも、お見舞いに行けなかった自分がいました。行けなかったというよりも、行かなかったということになります。
 死の知らせを受けたとき、お見舞いに行かなかった自分が悔やまれてなりませんでした。亡くなる前に「法龍は友だちだったから、法龍の兄ちゃんに葬式してもらってくれ」と私の実家の寺の住職を兄が勤めているので、その兄に葬式をしてもらうように、家族に頼んだ後、息を引き取ったということでした。
 仕事の忙しさや、遠方ということもあり、葬式にもお参りできず、その言葉を後で、葬式を勤めた実家の兄から聞かされたときは、胸の底から激しくこみあげてくるものがありました。「私はいったい何を優先にして生きているのか」。自分自身の心の内が、とても醜く思えてなりませんでした。他者の苦しみも、痛みも、自分の都合でしか考えることができない私がここにいる。その事実に改めて愕然とさせられたのです。
 そして、同時に自分の心の奥深くで「癌だけにはなりたくない」と呟いている、私がいました。自分の本音が友人の死によって、白日の元に、引きずり出されていたのです。ただただ、情けないというか、お恥ずかしいというか。
 そんな思いが巡っていたとき、今度は、私の祖母がわりだった、実家のすぐ近くのおばさんが亡くなりました。おばさんの死も大きなショックでした。帰省したときに、顔を合わせちょっと話すぐらいで、おばさんへの恩返しらしきものを、今まで何もしてこなかった、いや、しなかった自分自身が、再び悔やまれてなりませんでした。ずいぶん優しくしてもらったのに、相手の気持ちに鈍感で、こちらの気持ちばかりを大切にして、人の情に薄い自分を改めて知らされたのです。
 谷川俊太郎の「トタン屋根に降る雨」という詩の最後の一節に、こんな言葉があります。
身近な死者が増えてきた
彼らにしてやれたことよりも
してやれなかったことのほうがずっと多い
 私の父や、連れ合いの父が、死んでいった時も、今回の友人もおばさんの時も、この詩が私のこころの奥底で静かに反復されていました。こちらが何かをしてあげた、してやれなかったという前に、私自身がその人たちから、深く思われていたという事実。そのことに、まったく気づかずに、無意識に自己主張と自己保身に終始しながら、自分の都合のみで生きている自分の姿、そんなあるがままの私自身を、多くの方々の死から教えられていたのです。
 死という悲しい事実は、実は私の生き方、考え方を足元から問い返してくる「はたらきかけ」なのでしょう。つまり、自分を顧みるという、深い促しをいただいているのだと思います。静かに合掌しお念仏を称え、自分自身と向き合う尊いご縁をいただく。実はその事実のなかで、さまざまな思いを巡らす私自身が、浮き彫りになってくること、そのことこそが親鸞聖人の南無阿弥陀仏の世界なのです。

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