ラジオ放送「東本願寺の時間」

渡邊 学(新潟県 明正寺)
第五回 仏教の喩え その5 頭をふたつもつ鳥音声を聞く

 本日も仏さまの教えの中に出てきます喩えをたよりに、お話しいたしたいと思います。
 浄土真宗が拠りどころとするお経の一つに、『仏説阿弥陀経』というお経があります。この『仏説阿弥陀経』は、大変おおまかに言いますと、阿弥陀仏とその世界、極楽世界について、そしてその極楽世界に生まれるには、ただただ南無阿弥陀仏をとなえなさいということが説かれているお経です。
 その阿弥陀仏の極楽世界を表現するのに、金の砂が敷き詰められた蓮の池があるとか、すばらしい音楽が奏でられているとか、さまざまな喩えをもちいています。そのような表現の一つに、極楽世界には「共命ぐみょうの鳥」がいると喩えられています。「共命」の「共」は、共同作業の「きょう」です。「共命」の「命」は、「いのち」です。それをお経の中では「ぐみょう」と読みます。命を共にする鳥というのが「共命の鳥」です。
 アニメのキャラクターに、胴体が一つで頭がふたつあるものを見たことがあります。進化すると頭が三つになるそうです。共命の鳥の形を現代的に表すとこのような姿になるかもしれません。
 このことを「鳥」でなく、考えてみるとどうなるでしょうか。大きいところで考えてみてください。胴体が一つで頭が沢山あるようなもの。そうです。地球が当てはまりませんか。地球からあらゆる命は生まれ、あらゆる命は、地球を離れて生きることはできません。花があったり、鳥が飛んでいたり、木が立っていたり、魚が泳いでいたり、人がいたり、あらゆる動物がそこに生きています。命を生みだす胴体が一つ、その上に無数の頭が出ている、巨大な共命の鳥が、地球と言って良いとも思います。
 今年の新潟は佐渡のトキのことで賑わいました。新潟の新聞はもちろん、おそらく全国版でも、トキの記事が掲載されない日はないほどでした。ペアができたとか、抱卵したとか。今年は特に孵化し、巣立ったこともあり、トキの野生復帰に御苦労くださった方々には記念すべき年となりました。しかし、現在のトキの先祖は中国生まれで純粋の日本産ではありません。なぜならば、最後に佐渡にいたトキが、名前を「キン」といいますが2003年10月10日に亡くなって絶滅してしまいました。以前は広くアジア地域に、そして日本中のどこにでも、飛んでいた鳥だそうです。最後に残った生息地が佐渡島でした。このトキのように、世界に絶滅が危惧される生き物が、IUCN、国際自然保護連合の2010年の集計によると1万8千種ほどいるそうです。「レッドリスト」です。絶滅ということは、生きられる、生きていける場所がなくなったということです。その場所がなくなったということは、開発による自然環境の破壊・捕獲・生態系の操作など、そのほとんどの原因が、私たち人間にあるといっても言い過ぎではないでしょう。経済を発展させ、文化生活を楽しみ、欲望を満たすことが生きることの意味になってしまって、人と人が、国と国とが争い合っている結果が、もうまともに地球に出ているのです。特に昨年3月11日に起きた東日本大震災により誘発された原子力発電所の事故は、空気も水も大地までも汚染し、人々が住めない場所を生み出すようなことを、私たちは行なってしまったわけです。
 それで、なぜ、阿弥陀仏の極楽世界には、「共命の鳥」のような奇妙な姿の鳥がいるとお経に説かれるのでしょう。共命の鳥が「いる」ということは、「いのちをともにする」ということが成り立つ世界が、阿弥陀仏の極楽世界だというのでしょう。
 人が、動物が、木々が、植物が、蛇やみみず。命あるもの全てが争うのではなく、協調し合い助け合って、命を共にしていきたい。私たちが本来願っていることを、「共命の鳥」ということで教えられているのではないでしょうか。

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