ラジオ放送「東本願寺の時間」

四衢 亮(岐阜県 不遠寺)
第五回 マインドコントロール音声を聞く

 警察庁の発表によりますと、昨年のオレオレ詐欺などを含む、いわゆる振り込め詐欺の被害額は110億円を超え、事件は、6200件以上に昇るということです。オレオレ詐欺に使う電話は、相手の顔が見えないだけに警戒感の高いコミュニケーション手段です。電話が鳴ると、ある警戒感をもって受話器を取ります。相手が、親しい間柄の相手だと分かれば一挙に安心感が広がります。ですから、孫や子どもを装ってだますわけです。
 誰からの電話だろうとおばあさんが受話器を取ると、ああ孫の太郎かと思った途端安心感が広がります。そして、そこに孫の太郎に扮した人間が、突然涙声になって、「僕はもうだめだ、たいへんなことになった」などと言い出します。おばあさんは驚き不安な気持ちで、どうしたのと聞き返します。そして例えば、「会社のお金に手をつけた、明日監査があってわかってしまう」というようなことを言い出します。いよいよ不安になって尋ねるおばあさんは、その金額に驚愕します。そしてたいへんなことになったと不安感がますます増大します。
 実は、電話はある警戒感を持ちながら話すものなのですが、最初に安心感が広がり無警戒になった状態に、いきなり不安を煽る話が注入されたので、不安感が普通より増大増幅されるのだそうです。
 さらにおばあさんの不安が煽られ高まったところで、「もうどうしようもないので、信頼できる上司に相談した、いま代わる」と言います。それで上司役の人間が、「太郎君がたいへんなことをしてくれました。金額が金額だけに、会社としても見過ごせませんから、刑事告訴することになります」などと言い出しますから、おばあさんの不安感は高まり切ると同時に、かわいい孫が捕まると思い、不安はたいへんな恐怖になります。そしておばあさんの不安感と恐怖感が最高潮になったことを見計らって、上司役の人間が「しかし、将来ある太郎君のことなので何とかしたいと思います。それでおばあさん今日50万何とかなりませんか、取り合えず今日50万円を返済して、誠意を会社に見せ、後は月々返済するということで私の方で会社と話をしてみます」と持ちかけるのです。
 不安と恐怖に駆られていたおばあさんは、その提案にしがみ付くことになります。人間は不安や恐怖が高まると依存心も高まるのです。何かにすがったり頼りにして、不安と恐怖を取り除きたいという気持ちに駆られるのです。おばあさんのすがる先が、50万円という形で提示されたのです。
 被害にあったかなりの方が、これは詐欺ではないかと思いながら振り込んでしまったそうです。つまり、目の前の不安や恐怖をなくして安心したいという思いが、理性的な疑いを抑えてしまうのではないでしょうか。
 実は近年問題になったカルト宗教のマインドコントロールとは、このオレオレ詐欺の手法と同じものなのです。オレオレ詐欺は、20分くらいで行いますが、マインドコントロールは、数ヶ月かけて行うわけです。最初に安心感を持たせるために、暖かく親切に迎え入れ何でも話せる人間関係を築きます。その上でその人の持つ悩みや問題を聞きだし、それが先祖からの切れない因縁や祟りに関係があるというようなことを言ったり、人間が堕落してやがて世界が滅びる兆候だというようなことを言い募って、その人の不安や恐怖感を徐々に長期に亘って高めていき、その人の恐怖感が高まり切り、依存心も高まり切ったところで、その人を救うとされる教えや教祖が提示され、それにすがるということになるのです。ですから、暴力とか薬物という非日常的な手段を用いるのではなく、不安の中で自分で選んですがったように誘導されるのです。
 私たちは、病気や怪我、業績不振・人間関係のトラブル、私にとっておもしろくないことや都合の悪いことを全て無くして、喜びと幸せで人生を彩りたいと考えます。そういう私たちの心につけこんで、これさえ信じれば、この仲間に入れば、問題は全て解決するかのように誘うものを、仏教では、魔と言います。魔術の魔です。生まれて、老い、病み、死んでいくのが私たちの事実です。ままならぬ事実にうなずけず、思いのままになると考える私たちの心に、魔がつけいるのでしょう。

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