ラジオ放送「東本願寺の時間」

安本 浩樹(広島県 專光寺)
第二回 人間を生みだす教え音声を聞く

 一昨年の五月の連休、或るお宅でお父さんの三回忌の法事が勤められました。よくお寺で仏教のお話をきいて下さった方でした。お母さんは80代半ばでご健在です。このご夫婦には二人の息子さんがあり、長男夫婦は同居、次男さんは東京在住で定年を迎えられました。この次男さんが父親の法事ということで帰省、当日の朝、お寺まで迎えに来て下さり、その方が車中で、ご自身の生い立ちを語って下さいました。
「私は中学校を卒業すると同時に、自分で決心をして上京し、鉄工所に就職をしました。住み慣れた故郷を後にして東京に発つ時、見送ってくれた両親の淋しそうな顔を覚えています。私も胸に迫るものがありましたが、本当に淋しかったのは上京してからのことでありました。淋しくてたまらないのですが、それを親に言えば、どれだけ心配することかと思い、それだけは口にしませんでした。ただ、同じ境遇の同僚と淋しい胸の内を語り合うのが唯一つの救いでありました。」と、おっしゃいました。
 私自身の身にひきあてて考えてみると、15歳と言うのは私の下の息子の年齢ですが、あの年で、しかも自分の決断で上京されたということは、さぞ重い決断であったことと思いました。話されはしませんでしたが、もしかしたら、この方は次男さんですから、この家は将来、兄が継ぐのであろう、そうすると自分の身のふりかたは自分で決めなければならない、とでも思ってのこととすれば、同じ年代の子を持つ親として、何か切ない思いがしました。
 三木清『人生論ノート』(1947年・創元社)によれば、
「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の「間」にある。」とありますが、まさしく本当に淋しいのは山の奥や無人島ではなく、都会の雑踏の中なのでありましょうし、一人ぼっちが淋しいというよりは大勢の人がいるのに通じ合える人がいないということが、たまらなく孤独なのでありましょう。
 再び車中での話に戻りますと、
「上京し、何もかもが初めてで慣れない仕事ではありましたが、生まれてから15年間故郷で、特に田畑で、祖父や父に連れられて農作業の手伝いをしたことが、全く職種は違うのですが、さまざまな場面で鉄工所での仕事の役に立ちました。仕事の準備、段取りをきちんとすること。どう動けば仕事の効率が上がるか考えながら動くこと。道具を大切に扱うこと。あくる日に仕事に取りかかりやすいような終わり方。本当に私の鉄工所での仕事で大切なことは故郷の田畑で学んだのかもしれません。故郷で過ごした時間は私の人生の中では4分の1になってしまいましたが、それでもやはり私にとって今でも、故郷という場所は有難いところですし、そこで家族と暮らした15年間はかけがえのない時間だったと思います。そして何より私はこの両親の子どもで本当によかったと思います。」と、話して下さいました。
 このお話を伺って私は、「この両親の子でよかった。」と、言える世界は実に広く温かい世界であると感じると同時に、言ったのは息子さんですが、そう息子さんに言わせたのはこのご両親の生き様であろうと感じました。そしてこの方は大切なことを農作業に学んだとのことですが、農業というものはなかなか厳しい仕事です。実りの秋に台風でも来ようものなら収穫前の田を風呂敷に包んで他へ持って逃げることもできず、猛暑が続けば猛暑の中を、長雨が続けばその中で工夫してやっていくより他ないのであります。ありのままを引き受けていく仏様の教えに導かれ、この方のご両親は農作業に精をだしていかれたことです。農業の現場、田畑では米・野菜を作るということですが、この方の話を聞いて念仏の教えは、故郷の大地に米・野菜を作るということを通り越して、人間をつくる、尊い人生を歩む人間を育んでいくのではないか、と感じたひと時でした。
 教えにふれれば、どこで、何の仕事をしていようとも、そこが尊い人生を歩む人間を生みだしていく有難い場所、ご縁となることを教えられたことです。

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