ラジオ放送「東本願寺の時間」

乾 文雄/滋賀県 正念寺
第二回 仏教との個人的な出会い音声を聞く

 先週はお寺に生まれながら、そのことを喜べずに、ヨーロッパまで逃げて、そこで思いもしなかった「宗教」との出会いをしたというお話をさせてもらいました。今週は、個人的な「仏教」との出会いについて話をさせていただきます。
ヨーロッパはスペインという国で1年を過ごし日本に帰ってきた私は、大学4回生に戻りました。カトリックの神父さんの笑顔に出会い、宗教に興味を持つようになっていたものの、卒業しても、寺である実家に帰ろうとはどうしても思えませんでした。そんなある日、友人との何気ない会話が縁で仏教に出会うきっかけを得ます。
その友人は就職も決まっていて、「乾よ、おまえは卒業したらどうするのだ、就職活動はしないのか?」と聞いてきたのです。私は「う~ん、お寺のことを考えるとなかなか将来の事は決められへんのよ」などと答えると、彼は「ところでおまえは、寺はいややとか仏教なんてとか、ずっと言っているけど、寺のどこが嫌いやねん。仏教の何が気にいらんのや?」と聞いてきたのです。
急所を突かれた感覚でした。答えられずにいると、「結局おまえはお寺の事も仏教の事も何も知らんのやろ。それはただの食わず嫌いやろ。」と重ねてきました。
まさにその通りでした。反論の余地もありません。しかし、正論を言われると、カチンとくるものです。その場は心の中で「うるさい。おまえに俺の何がわかるねん!」と思いながらも、黙っていました。しかしわからないものです。それがきっかけで邪まながらも、「よ~し、仏教を学んでやろうではないか!」という気持ちがメラメラと湧いてきたのです。
実に恥ずかしい、どこまでも青くさい思い出です。しかし今となっては、この頃の私が負けず嫌いで単純な自分でよかったなあと思うのです。だって、これで仏教に出会えたのですから。
今の私を顧みると、実にありがたい一言でした。人間は縁によってどうにでもなる遇縁存在であるという事を、身をもって教えられた出来事です。
そんなこんなで、大学卒業後、京都にある大谷専修学院に入りました。専修学院は真宗の教えを学ぶ、全寮制の学校です。お寺から、また、仏教から逃げていただけの私でしたから、そこに入るというのは極端な選択です。親もびっくりしていました。
専修学院には「真宗の教えを学び僧侶を志す」という願いを持った、実に様々な境遇の人間が集まっていました。高校を出てすぐの18歳もいれば、大学では他のことを学んでいて寺を継ぐために1年の住込み学習を選んだ人もいました。家族を亡くしたことがきっかけで会社を辞めて入ってきた人。好きになった人がたまたまお寺生まれの長女で、「ならばわしがお坊さんになる」と決めてやって来た介護士さん。親戚がお寺で、そこに跡取りがいなくて、なぜか自分が継ぐことになったという定年を過ぎた人。東京大学でフランス語を学んでいるときにこの学校のことを聞いてやって来た人などなど、もうここでしか会えないという人が大集合の場所でした。
しかしながら、生まれ変わったかのように仏教を学ぶ姿勢が私に整うわけがありません。最初は何となくそこに身を置いているだけの毎日でした。でも、やはり出会いがありました。
少し暑くなりかけた6月だったと思います。大きな教室の前にあるホールには卓球台が置いてあり、休み時間になると誰でも自由に遊ぶことができました。その日は、休み時間が終わってからも卓球を続け、教室に入ってもなかなか席に着こうともせず、友人と話に盛り上がっていました。「慣れ」が「だれ」になる典型的な例です。がやがやと話しながら、それぞれの席に着くと、先生はもう教壇に立っておられました。『歎異抄』の授業でした。先生は当時、大谷大学から出講しておられた方でした。
遅れて席に着いた私は、悪びれることもなく、汗を拭きながら「暑い暑い」と言っていました。他の生徒たち、特に年配の人たちの中には、チャイムがなっても席に着かず、堂々と笑いながら遅れて入ってくる私たちを、先生が怒るのではないかと心配していた人もいたようです。
全員が席に着いたのを見て、先生は次のようにおっしゃいました。
「ええなあ~元気やなあ~。そうやねん、仏教を学ぶと、仏教に出会うと元気になるねん!さあ勉強しようか。」
実は私自身怒られるのではないかと思っていました。とにかく、いろんなことにすねていたものですから、怒られたら怒られたで、「ふんっ!」と言ってまたふてくされればいいと思っていました。ところが先生は怒るどころか「元気があっていい」と褒められたのです。びっくりしました。しかも「仏教に出会うと元気が出る」と。考えても見なかった言葉でした。
世の中のいろんなことに対して、斜に構えて生きてきた私でしたが、目の前にいる人とその言葉に対して、まっすぐ前を向くというか、きちんと向き合うということが、初めて私の身の上に整った、そんな出会いでした。
専修学院では、まだまだ出会いが続きました。この続きはまた来週。

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